関越自動車道沼田インターの近くで、この看板を目にした方は少なくないと思います。テレビ、雑誌などであれは一体誰?ということでよく取り上げられています。
このひとは、森産業の創立者であり、きのこの父ともいうべき森喜作(写 真右下)をモチーフにキャラクターデザインされたものなのです。
今では、この「ドクターモリ」は森産業社員のみならず、沼田工場周辺の小学生のアイドルとなっています。
関越自動車道・沼田インター付近(練馬ICへ向かう途中)
建物は森産業(株)沼田工場です。
昭和初期、学生時代の森喜作は大分県の山村で悲痛な光景に遭遇しました。それは貧困にあえぐ老農夫が「なば(シイタケ)よ出てくれ。おまえが出んば、おらが村から出ていかんばならんでな」と、借財して買った原木に手を合わせ、シイタケの胞子が自然付着するのを祈る姿でした。失敗すれば一家離散が待っています。
以来、森喜作は「われ農夫の祈りに開眼す」とシイタケが確実にできる方法の研究に没頭しました。昭和17年、幾多の失敗と挫折、人々からの嘲笑にめげず、ついに純粋培養菌種駒法を発明しました。
村々から上がる歓喜の声に推され、種駒を製造する会社(現在の森産業)を興し、今日のシイタケ産業の礎を築いたのです。この発明エピソードは小学6年生の国語の教科書にも取り上げられ、いまでも語り継がれています。